甲子園への道

ショートストーリー/ボクと梅といなべると

僕のママは、最近鏡の前で浅い溜息を吐く。
指先を目尻にやったり、口元にやったり、眉間をグリグリやったりと忙しそうだ。
学校のR先生に聞いたところ、それは大人ならではの悩みで疲れも溜まっているのではと、アドバイスをもらった。

疲れ……。
疲れには、梅の食品がとてもいいそうだ。
そういえば、郷土学習で習ったけど、確か、いなべ市の名産は「梅」だったはず。
よくよく考えたら、緑色の丸々としたマスコットキャラクター「うめぼ~や」もいた気がする。

梅……うめ……UME……。
悩みながら市役所内のお店がいっぱいある「にぎわいの森」を散歩しているとキノコのような頭の緑色の物体にぶつかった。

「いててて……」

視線を向けると、全てを包み込んでくれそうな慈愛に満ちた2頭身のマスコットキャラクターが1体立っていた。よく見たら頬っぺたに赤い梅の花が咲いている。

「……えっ? 誰?」

「うめぼ~や」ではないのは確かだ。
そう呟くと、フライヤーを1枚くれた。名前は「いなべる」というらしい。健康について啓発するキャラクターなんだと書かれていた。

「あの……梅が手に入れるにはどうしたらいいですか?」

魔が差した……。気が付けば、僕はそう問いかけていた。
うめぼ~やじゃないキャラクターに梅のことを聞くなんて……。
ほりにしを製造していないスパイスメーカーにほりにしについて聞いてしまうようなもんじゃないか。

するといなべるは、隣にいた女の人に、何やら耳打ちをする。ドギマギしながら見守っていると女の人が1枚のメモをくれた。

「よかったら、ご家族と遊びに来てね」
いいんだ。

そこには「梅のもぎ取り体験・いなべ市農業公園 梅林公園」と書かれていた。
これは、まさ天啓。僕は神妙な顔をしながら、いなべるに頷いてみせる。
ポンポンと、優しく肩を叩いたいなべるは、そのまま、市役所の中へ消えていった。

後日、僕は家族でもぎ取り体験に参加したことは言うまでもない。

※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
※いなべ市は東海地区最大級の梅林が有名で、毎年夏の梅の実のもぎ取り体験は大人気イベントです。